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Rising Sun

Author:Rising Sun
リヴァタリアン


マネジメントは、ビジネス書の知識を得るだけでは上手くいかないでしょう。

日本の伝統から日本ならではの価値創造の源泉を知り、最新の自然科学からヒトの何たるかを知り、また科学的思考力を磨き、国内外情勢から立ち位置を知ることが重要だと思います。

勿論、基本はP.F.ドラッカー。

このブログでは、私が読んだ上記に関する書籍についてのレビューを紹介しています。

ご参考になれば幸いです。

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空海「秘蔵宝鑰」/加藤精一



★★★★★

空海の思想の集大成

本書は、空海が思想の集大成として著したものの口語訳です。
著作当時には、儒教・道教・仏教、さらに仏教も各宗派あり、
それぞれが互いを攻撃や批判をしあっていたようでしたので、
本書はそれらの論争を収める役割を果たしたとのことです。

人間の心が高めるためには10の段階を登っていく必要があり、
それぞれの段階に、儒教・道教・小乗仏教各派・大乗仏教各派・密教を位置づけています。
本能のままに生きることから、人間としての幸せをつかみ、その幸せを他者にももたらす、
というような段階となっています。

自己啓発書などでは、
「自分が幸せになれなければ他人を幸せにはできない」といったフレーズを見かけますが、
本書もこれと同じではないかと思います(レベルの差、幸せの定義の違い、などあるでしょうが)。


ただ本書の中にある「十四問答」はちょっといただけないなと思います。
著作当時は仏教はかなり堕落していたようで、それらに対する想定問答なのですが、
「堕落した仏教に何故国費を投入しなければならないのか?」
「官僚だって堕落しているのに国費を投入しているではないか!」
といった、問いに対する答えになっていない部分がありました。

せめて
「仏教の僧侶にも未だ煩悩に苦しんでいる人たちが多いので温かい目で見守ってほしい」
ぐらいは言ってほしかったと思います。

たとえば、コンサルタントがクライアントにこのような対応をしたら、
間違いなく仕事はキャンセルされ、次からはお呼びはかからないでしょう。

空海ほどの天才がなぜこのような想定問答をつくってしまったのか、悩むところではあります。
いくら天才でも「仏教界」という業界の人だということなのでしょうか。

ただ、ここも見方次第なのですが、
出家した僧侶ですら煩悩に振り回されているのですから、
一般人は煩悩だらけでも仕方がなく、ほんの少しの仏心があれな充分なんだ、とも思えます。

空海「般若心経秘鍵」/加藤精一



★★★★★

密教から見た般若心経

密教の視点から般若心経を見ると、
お経全てが真言であり、主要な仏教宗派の神髄が全て盛り込まれている、
ということが解説されているようです。

ですので、一般的な般若心経の解釈とは全く異なります。
したがって、初めて般若心経を学ぼうとされる方は、最初にこの本を読まない方がいいと思います。
ある程度一般的な般若心経を理解してから、本書を読んで「密教ではこんな解釈なんだな」と比較しながら楽しむことをおススメします。

空海「三教指帰」/加藤精一



★★★★★

儒教・道教・仏教の比較ガイド

本書は、空海が仏教を極めたいという宣言書のようなものだとされています。
本能のままに生きることの苦しみを教え、儒教・道教も必要なものだが浅い思想であると説き、
大乗仏教の素晴らしさ、仏陀を目指すことの素晴らしさを訴えています。

この中で儒教は出世栄達のための手段、道教は現実逃避のための手段、といったような意味で評価してます。
孔子の論語、老子の道徳経、荘子については入門書は何冊か読みましたが、それとはイメージが異なります。
空海は天才かつ努力家ですので、儒教・道教についても詳しく理解しているはずでしょう。
だとすれば、空海が本書を著した時代では、儒教・道教はかなり堕落していたのだと推察されます。
もっとも、この部分は儒学者やタオイストから批判が出てくるのは間違いないでしょう。

では仏教は堕落していないかというと、他の書によればこの時代すでに堕落していたようです。
奈良からの遷都の理由の一つに仏教の堕落が挙げられています。
一方で、本書での大乗仏教の位置づけは堕落したものではなく、理想を描いたものだといえます。
堕落した仏教ではなく、理想の仏教を追求したいという思いが、このような比較になったのだと思います。

学術論争ではよくつかわれる手ではありますが、このような比較はフェアではないなとは思います。

ただ、天才空海をして、儒教・道教・仏教の中で仏教が最も役に立つと整理されたことは、意義深いものがあります。
空海が唱える仏教をすすんで学ぶことを後押ししてくれます。

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