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Rising Sun

Author:Rising Sun
リヴァタリアン


マネジメントは、ビジネス書の知識を得るだけでは上手くいかないでしょう。

日本の伝統から日本ならではの価値創造の源泉を知り、最新の自然科学からヒトの何たるかを知り、また科学的思考力を磨き、国内外情勢から立ち位置を知ることが重要だと思います。

勿論、基本はP.F.ドラッカー。

このブログでは、私が読んだ上記に関する書籍についてのレビューを紹介しています。

ご参考になれば幸いです。

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なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか /渡瀬裕哉



★★★★★

アイデンティティの主体的な再構築・自由意思・アイデンティティの多様性

著者が、チャンネルくららか、他の著作で、
「アメリカのような経済が豊かな民主主義国では経済そのものが争点の筆頭になることはない」
という主旨の発言をされていた(はず)ことから、
「では何が争点なんだろう」「何が起きているんだろう」など、気になって本書を手に取りました。


最も民主主義が発達したアメリカにおいて、マーケティング技術の進歩により、アイデンティティの分断が行われている。
保守・リベラル問わず、選挙に勝つために、国民にアイデンティティをレッテル張りして分断を引き起こしている。
アイデンティティの分断は、多数決で物事を決める民主主義システムに限界をきたし始めている。
現在のグローバルネットワーク社会においては、この現象はアメリカ国内にとどまらず、世界中に伝播し始めている。

また、仮想通貨の世界的な流通によって、アイデンティティの分断が引き起こされ、
これによって国を超えた「越境政党」が誕生し、
一国の民主主義がこれら「越境政党」によって乗っ取られる恐れも否定できない。
一企業でありながら小国よりも巨大なFacebookのリブラ、共産党支配の独裁国家チャイナのデジタル人民元である。

これらに立ち向かうためには、
作られたアイデンティティに振り回されるのではなく、逆にこれらを上手く利用しながら、
自らが持つ多様なアイデンティティを主体的に再構築する必要がある。
そして、再構築に必要なのは自らの自由意思である。
そのうえで、自他のアイデンティティの多様性を認め、共通点・相違点を見出すコミュニケーションを図り、
民主主義の機能不全を是正していくことが求められる。

以上が、本書での著者の分析・主張です。

これは、本当に読んでおいてよかった。
民間企業のくだらないCMに騙されるほど愚かではないつもりですし、
偏向した日本のマスメディアにも騙されるほど愚かではないつもりでもあります。

しかし、いつ、どこで、だれが、どのように、アイデンティティの分断を狙っているのか、について、
常に注意を払っておく必要があるという警告を与えてくれたという点において、
また、どのような手法でアイデンティティの分断を狙ってくるのか、
なにがアイデンティティの分断を作り出すのか、
を知らしめてくれたという点において、
本書の価値は非常に高いものだと思います。

メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本/渡瀬裕哉



★★★★★

日本の保守言論空間は鎖国状態だということがよくわかりました。

アメリカ保守空間の最新の一次情報に直接触れることのできる貴重な本です。
また、情報そのものと、著者の意見が明確に分けて書かれているので、非常に分かりやすいです。


本書を読んで、日本の保守言論空間がどれだけ歪なものか、よくわかりました。
日本のほとんどの保守言論人は、世界から隔絶された状態で、国内のネトウヨ相手に戯れているだけのようですね。

また、せっかく善良な保守として目覚めた日本にとって貴重な方々をも、
自分たちの商売のために、堕落したネトウヨに貶めてしまっています。ビジネス保守ですね。
これは重大な罪だといえるでしょう。

これでは、どれだけネット社会が発達しても情報の質が向上しない以上、資源と時間の無駄ですね。

日本の保守言論人は、よく左翼のことをバカにします。
それはその通りだとは思いますが、本書を読めば、保守言論人も同じ穴のムジナだとしか思えません。
どちらの陣営も、結論ありき、持論先行で、都合のいい情報だけを取り上げたりする著作や投稿が少なくありません。
倉山満氏の4分類を借りれば、右下か左下かの違いに過ぎません。

まるで保守鎖国です。保守ガラパゴスです。

経団連と増税政治家が壊す本当は世界一の日本経済/上念司



★★★★

いつの世でも未来創造を阻むのは既得権益と岩盤規制

アベノミクスでのマクロ経済政策(金融緩和と財政出動)は正しいものだと言えます。
それを阻んでいるのは財務省と財務省につるんでいる国会議員とメディアです。

まず、本来統合政府のバランスシートで見れば国の財政は健全です。
それにもかかわらず、負債のみ声高に煽って国民を騙して不安に陥れ入れています。
財政は健全ですので増税は全く必要ではありません。
仮に必要だとしても、逆進性の強い消費税は相応しくありません。

次に、日本国債はまだまだ発行しても全く問題はありません。
国債は円建てであり、供給が需要に追いつかず、国債市場からも信頼されています。
それにもかかわらず、借金が増えたら財政破綻だと国民を騙して不安に陥れています。
国債は円建てですから、万が一償還ができなくなることがあってもお札をすれば済むだけです。

更に、財政出動しても全く問題はありません。
上記の通り、国の財政は健全であり、国債を発行しても問題ないのですから。
ただし、以前のような、
政官業癒着の地元利権に基づく不要不急のハコモノへの財政出動は論外であり、
既得権益と岩盤規制を強化するだけで、全く逆効果です。
財政出動すべき先は以下のものだと思います。
・高度人材育成への投資(但し投資すべき人材の資質を厳格に評価することが前提)
・自然科学・先進技術分野の研究開発への投資(無能な官僚が余計な介入をしないことが前提)
・国防力の盤石化への投資(国家戦略・国防戦略・部隊編成戦略の再構築が前提)
・自然災害対策への投資 (自然環境との調和を図ることが前提)など

ただ、金融緩和と財政出動は、
過去20年間の間違ったマクロ経済政策を正すためのものであり、
また落ち込んだ日本経済を下支えするものであり、
日本経済を真に未来に向けて盤石なものにするわけではありません。
(上記で挙げた財政出動先は日本の未来の基礎を固めるものではありますが)

日本経済を真に未来に向けて盤石なものにするためには、
民間企業による創造的破壊が必要です。
ここでの政府の役割は国家安全保障を盤石にした上での徹底的な規制緩和しかありません。
政府がミクロ経済政策で市場に介入して成功した例はありませんので。

しかし、既得権益と岩盤規制に守られた既存大企業は、
創造的破壊よりも自己保身のために既得権益と岩盤規制をより強固にして、
新たな企業による創造的破壊を阻もうとします。
そして既得権益と岩盤規制をより強固にするために政治家や中央官僚と結託します。
昔からある政官業の癒着というものです。
とりわけ、国家財政を握っている財務省と財務省よりの政治家との結託はよりうまみがあります。

さらに、これらの中には媚中媚韓の与党政治家と結託して、
日本の安全保障を脅かしている存在もあります。
金儲けのために、反日国家に投資し、技術を提供したり
日本人の賃金を上げないように反日国家の国民の雇用を増やすことによってです。

少なくとも一般消費者の目に見える範囲では、
日本発の創造的破壊といえそうな産業・デファクトスタンダード・サービスは生まれていません。
ECはAmazon、スマホはApple、ネットはGoogle、SNSはFacebook、Twitter、Lineなどなど、外国発ばかりです。
また、最近急成長してきた日本企業もありますが、
その中には顧客すら騙すような金儲け至上主義で、とても未来創造とは言えない企業も目立ちます。

タイトルにあるように「本当は世界一」かどうかはわかりませんが、潜在力は十分にあると思います。
マクロ経済政策を確実に行い正常軌道に戻したあとは、
日本の安全保障を盤石なものにすることを前提として、
徹底的な規制緩和で日本発の創造的破壊を促す環境づくりが必須です。

なお、★1つ減らしたのは、著者が本書冒頭で誉めそやしている会社に、
消費者センターに相談するくらいの酷い目に会い、その後この会社とは完全に縁を切ったからです。

追記(20180318)
財務省がやらかしましたね。
これを機に財務省解体まで持って行って欲しいですね。
現在所管している財産管理機能だけ残して、
税金と社会保険料を併せて徴収する歳入庁を切り出すことで、徴収率向上に集中させ、
各省庁に予算配分する主計局の機能を内閣府に移管して政府主導を強めるなど、
財務省の巨大な権力を省益ではなく国益に資するように、
根本的に変えるチャンスではないでしょうか。

「年金問題」は嘘ばかり/高橋洋一



★★★

老後のために

年金保険の基本と利権構造がよく分かりました。
老後を安心して過ごすためには、
個人としては、
年金保険料を払い続ける事、
金融機関に騙されずに不足分を正しい金融商品で補う事、
国としては、
歳入庁を創設して年金保険料を100%徴収する事、
GPIFを解体する事、
税投入するのであれば所得税から投入すべきである事、
が大切だということがわかりました。

なお、
年金保険は40年間支払って20年間受け取る、
受取額は支払期間の平均給与の4割程度である、
ということですので、高給取りは別として現行制度では老後への不安が払しょくできるとは思えません。
数理的には「破たん」していなくても生活水準的には「破たん」しているのではないでしょうか。
老後への不安が払しょくできるような制度改正がなされない限り、
たとえ、アベノミクスで金融緩和や財政出動がなされ、給与アップにつながったとしても、
給与アップがモノへの消費につながるのではなく、idecoやnisaを通じた金融商品購入に投じられるような気がします。
これでアベノミクスが狙っている経済成長につながるのかどうか、よくわかりません。

ここまでが、年金が保険であるという前提での著者の解説に対するレビューです。

一方で引っかかるのは、年金保険と生活保護との関係です。
年金は40年間支払い続けなければ受給できないのに対して、生活保護は困れば受給できます。
また年金は支払期間の平均給与の4割程度が支給されますが、生活保護がそれを上回る場合があります。
さらに、生活保護は、加えて居住費全額支給、医療費全額支給などの恩恵があります。
年金保険と社会保障は異なるものだといっても、お金に色はつきませんので、この格差は極めて問題が大きいと思います。
恩恵も含めて生活保護のレベルを国民年金レベルに引き下げるか、
国民年金のレベルを生活保護レベルに引き上げるか、
両方を行うことで格差を解消するか、いずれかにしないとモラルハザードが起きるでしょう。

財源が必要な場合には、
経済成長による税収自然増、
本来支給すべきでない(在日外国人を含む)人への支給停止、
生活保護世帯の医療費一割負担、ジェネリック医薬品の強制使用、
生活保護世帯の空き家利用による住居費抑制、などから捻出すべきでしょう。

保守の原点/宮崎 正弘、小川 榮太郎





これでは日本は救えない

石平氏やケント・ギルバート氏の本を読んで、
自称リベラルをかたる政党やマスメディアの無能さ、劣悪さがよくわかりました。
そのうえで、それではコンサバティブはどうなんだ、と思い、
「保守の原点」という本書のタイトルに魅かれて手に取りました。

副題に「保守が日本を救う」とありますが、
本書の内容では日本は救えないと思います。

まず、保守の定義・原則・理念からして明確ではありません。

次に、保守をむしばんできたもの(リベラルや資本主義、グローバリズムなど)の批判に終始しています。

更に、対談形式ということもあるのかもしれませんが、
論点がしっかりと整理されていないうえに、対談が表層的で本質らしきものには全く迫れていません。

そのうえ、保守の定義・原則・理念を提示できないにも拘わらず、
リベラル・資本主義・グローバル陣営から出てきたものは全て悪という決めつけをしており、
表層なイデオロギー原理主義的な主張があちこちにでてきて辟易させられます。

また、自分たちの保守思想が一般に受け入れられないのは、
一般の国民のレベルが低いというような責任転嫁までしています。

最後には、我々は評論家だから、他の方が保守の思想・理念を確立して貫くことが大事だという始末で、
自分たち自らが保守の思想・理念を確立しようという気概が感じられません。

結果、日本の「何」を救うのかについても、最後まで明確に打ち出すことができていません。

イデオロギーが逆なだけで、自称リベラルとレベルは変わらないようにしか思えませんでした。

「保守の迷走 保守についての評論家の雑談」 といったタイトルの方が正確だと思います。
勿論、こんなタイトルなら読む気になりませんが。

期待して手に取っただけに、徒労感だけが残りました。

少なくとも、小林榮太郎氏については、
「保守」以外の物事についての発言・執筆は極めてまともですので、
「保守」を論じる際にも、同様の深さ・鋭さで行っていただきたいと思います。

経済用語 悪魔の辞典/上念 司



★★★★

エッジの効いた経済用語解説

リベラル、隠れリベラルの言動に振り回されたくない方にお勧めの本です。
特に、最近の大手メディア、各種団体、学者、評論家等々の様々な言動が、
当に日本人の利益になるためのものかどうかを判断するうえでは有益な内容だと思います。

また、自分自身でリベラルに洗脳されていないかどうかをチェックするうえでもお勧めの本です。

個人的には、「似非ケインジアン」の解説は役に立ちました。
著者の経済で読み解くシリーズで扱われているケインズ理論と、
いわゆるケインジアンと言われている経済学者が解説しているケインズ理論に、
かなりの乖離があり違和感を覚えたのですが、本書で解決しました。
本来金融緩和&財政政策セットのケインズ理論から、
財政政策だけ意図的抜き出して、ケインズ理論をリベラル化し、
それを信奉しているのがリベラルの経済学者(=似非ケインジアン)だということがわかりました。
因みに彼らのケインズ解説書は何冊も読みましたが(だから疑問がわいていたのですが)、
リベラル化されたケインズ理論だけが正しく、他は間違っているという答えありきのものがほとんどです。
オーストリア学派(ハイエク等)やシカゴ学派(フリードマン等)とケインズ理論の比較本については、
少なくとも私が読んだ本は全て答えありき、しかも答えありきが容易にわかってしまう稚拙なものばかりでした。
そして、私の中ではケインズは有効性が疑問視される公共投資を訴えている学者だと思い込んでいました。
その間違った思い込みから、本書・著者が解放してくれました。良かったです。

リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください/井上達夫



★★★★

リベラリズム=正義らしい

リベラルとは何か、について知りたかったので幾つか本を読みました。そのうちの一つが本書です。
著者によればリベラリズムは自由主義ではなく、正義の貫徹だということです。
それも、特定の誰かに有利な正義ではなく、普遍的な正義を貫くことがリベラリズムということです。

リベラリズムの定義が正義に収斂されるのかどうか、法哲学の知識に乏しい私にはわかりかねますが、
著者の主張には頷けることが多々あります。

著者の論理体系をもっと知りたくなりましたので、他の書籍にも挑戦してみようと思います。
ただ、本書と異なり著者の他の本はかなり難しいようですので、読みこなせるかどうかはわかりません。

なお、同時期に、ジョナサン・ハイトの『社会はなぜ右と左にわかれるのか』を読みましたが、
リベラルとは何か、を知る上では、本書の方が遥かに優れていると思います。

メディアに登場する自称リベラルの言動には辟易していましたが、
本書を読むことでリベラリズムに対して好感が持てるようになりました。


経済学と人間の心/宇沢弘文





期待はずれ

人間を無機的に捉えて構築されたこれまでの各種経済理論に対する反省の下に、
近年、行動経済学、神経経済学など人間を有機的存在として捉えた経済理論が発展しつつあります。
タイトルから、経済学と人間の心を融合した新たな経済理論を想像して読みましたが、期待はずれでした。

第一部のリベラリズムの思想と経済学では、著者の学者人生を振り返るにとどまり、何を伝えたいのかさっぱりわかりませんでした。
第二部以降は、著者持論の社会的共通資本の解説なのですが、既に著者の「社会的共通資本」を読んでいましたので、特段目新しいものはありませんでした。

社会的共通資本/宇沢弘文



★★★

主旨はよいが、運用が。。。

人間が人間らしく尊厳を持って生きていくために必要不可欠な要素を社会的共通資本として、
資本主義(利潤)でもなく社会主義(官僚)でもなく、当該分野の専門家の知識や知恵と倫理で守っていこうという論旨です。
代表例として掲げられた、農業&農村、都市、学校教育、医療、金融、地球環境それぞれに概論が示されており、
一読の価値はあると思います。

但し、これらの制度の運用を考えたときに、果たして実現可能なのかどうかは疑問です。
当該分野の専門家の知識や知恵と倫理で管理すべしと述べられていますが、
既存の業界団体を頭に浮かべた途端、無理なんじゃないかな、と思わざるを得まえん。
逆に様々な業界団体が自らを社会的共通資本だと自認し、本書があざとく利用されてしまう危険性もあるでしょう。
制度の運用面も正しく設計しておく必要があると思います。

始まっている未来 新しい経済学は可能か/宇沢弘文&内橋克人





新しい経済学が見えてこない

フリードマンが提唱した市場原理主義と、それを活用したレーガン、サッチャー、小泉&竹中に対する痛烈なバッシング本です。
バッシングは構わないのですが、彼ら/彼女らの改革の負の部分のみ取り上げて論じるのは学術的な態度とは言えないでしょう。
更に、登場人物の個人的なエピソードの挿入でバッシングを煽っているのもおかしなことだと思います。
学者なら論文で勝負すべきでしょう。

それはそうとして、副題である「新しい経済学は可能か」についてですが、それに言及した箇所が全く見当たりません。
バッシングを踏まえて新たな経済学の方向性を見出しているようにも思えません。
宇沢氏の社会的共通資本の話はでてきているのですが、経済全体を敷衍するような経済学理論はでてきません。
副題につられて読んでみましたが、副題についての知見は全く得られませんでした。

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